takuの休憩所(blog)-春夏冬中-

徒然なるままに記述する、惰性日記。

2006年

12月22日

(金曜日)

ようやく初級脱却

昨日久しぶりにゲームセンターで機動戦士ガンダムSEED 連合vs.Z.A.F.T.IIをしてたところ、増援って言う形でまったく知らない人が参戦。まぁ、ずば抜けてうまい人ではなかったんですけど、そつのないタイプの方でして、最終ステージまで行けるようになりました。店でステージ8までクリアしたのは初めてでした。まだ部屋を片付けていないのでぜんぜん家でできない状態ゆえ店プレイでしたが、なかなかに上達してる気がします。

ある一定以上の状態でステージ攻略すると『DESTINY』っていう称号が手に入ってEXステージっていうのに突入するゲームシステムなんですが、一プレイ中に5個以上それをとると隠しステージに行けるんです。この前家で、初めていきましたよ隠しステージ。


・・・・クリアできるかあんなの!

即死もいいところでした(笑

まぁ、一部の人しかわからないゲーム話はこれぐらいで。





そういえば、最近はよくテレビを見るようになったのですが、テレビの情報って結構色つけられたやつが多いですよね。なんか見ててテレビ面白くないなぁとか、それちゃうやろ、とか思いながら見てました。
まぁ、あんまり見過ぎない程度に見て情報を吸収してます。さすがに話について行けないような人間だとつまらない人間ですからね…。

なんかカンニングの竹山さんがすごく痛々しく記者会見を行う姿を見て、『ああ、これが死に向き合う人の姿なんだなぁ』と思ってみてました。最近テレビで軽々しく死を扱いすぎなんですよ。大体、『地獄に落ちるわよ!』とか『あんた死ぬわよ』なんて台詞をゴールデンで堂々放送するような時代でしょ?別に一個人をさしてるだけでなくてさ、ちょっと軽んじてやしないかと思えよと思うんです。

人というのは常に対極を見ながら生きるんです。
だから『死』を軽んじた世の中であればあるほど『生』に対しても重く見れない時代になる。核家族化してるからさ、いまいち死に対して向き合えないのはわかる。でも、それでは周りの人間が死んだときにどう対応して良いかわからないよな子供な大人ばかりになる気がするんです。


昔、『生きるってこんなに面倒くさいなら死んでしまいたいなぁ』なんて口に出してた時期がありました。ハンデが足枷でしかないから、もう歩くのもいやなんだとか思ってた時期もありました。

でも、今はそう思いません。
誰よりも生に執着するんです。

別に生きてることが楽しいと思っているわけでもないけど、自分がいなくても世の中が動くのに、死んでしまったらそれを見れないということが、なによりも理不尽でつまらないものだと思うからね。

探究心と好奇心でしか動かない人間だからこそ、誰よりも知っていたいんですよ。まぁ、ファルマンだと思ってくれれば(わかる人にはわかるネタ)

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