takuの休憩所(blog)-春夏冬中-

徒然なるままに記述する、惰性日記。

2006年

09月15日

(金曜日)

ひゅーまにずむ・りありずむ・ネティズム(造語)

悠仁と書かれた名前をみて「ゆうじん?」と普通に読んだ俺ゆずファン。『幸せの扉』は名曲です。おはようございます、2日ぶりのtakuです。おはようって時間でもないが…。


そういえば昨日からmixi関連のニュースがやたらと多くて、その多くが企業としてのmixi、クオリティーとしてのmixiを大絶賛してました。

ま。いいんですけど。

それにしても一株315万で終決ってえげつないですね。
7万超枚数で取引終止した事を考えると2千数百億の金が動いたと。
ライブドアの一般的に公表された粉飾決算による総資産が1,831億円だったので、一時的にはライブドアを越えたわけで。まぁ、でもどうなんでしょ。マスコミ自体もこぞっていい部分を紹介して悪い部分を追記程度に紹介してたぐらいです。ああいう書き方されると知らん人にとっては「やらなきゃ!」になるし、右向け右国家ジャポネ民族としては疎外感を感じるようになるんでしょうね。「私は誰からも紹介されない寂しい人間なんだ」とか。きっと実家に帰ったら聞かれると思います。「あんたmixiって知ってる?」って。

ただでさえSNSの紹介状がオークションで売られてたりする時代、供給量が増えすぎて受容越えする日も然程遠く無い気がします。そうなった時に「紹介制は安全だから」って笑ってられるんですかね。この国って実例が増えてきてからじゃないと動かない国だから、いささか不安です。

別に全否定するつもりは無いです。人との交流が見直されている世の中、知らない人と交流する事はプラスになる事も多い。同じ趣味の人が周りに居なくても、そういう趣味の人達の中に入る事が出来る。新しい人間関係を築くツールとしての役割は革新的とも言えます。特定の人しか見れない、しかも安全な感じがするってアレですよね、女の子がクラスでやる交換日記みたいな感覚でしょう。それの拡張版。しかも情報伝達速度も通常の3倍。赤いザク並ですからコレから商売を成功させる重要な鍵とも言えます。うちの会社…こういう世界を見る事無く6年なんて甘い考えしてるから、こっちが反対せざるえないんだよなぁ。まぁ、余談ですけど。

ただ、毎日複数回数ログインする、所謂ジャンキーな方の動向を見ると、ネットゲーム最盛期の悪夢再びって感じがして少し怖くなります。生活の一部ではなく、生活のメインがそれとか。やっぱりリネージュ・ラグナロク最盛期にネトゲで人生を狂わせた人が多いという実例を見ると今のうちに対処策を考えるべきじゃないかと思いますけど。

自分はそんなに依存していないと言う人ほど嵌り込んでる事に気づいて居ないっていうのは心理学の基本です。

まぁ、僕はこっち側でいいです。
『会うだろう事の無い人達と会える』という人、単にきっかけを誰かに用意してもらわなきゃ実行できない受動人間なだけなのを開き直って欲しくないな。僕等はこっち側でもそれを実行して来たわけだし。それに他人との『縁』があれば、大切な人とはどんな形でも巡り会えると思うしね。自分の周りにもmixi外で大切な人と巡り合った人沢山居ますけど?

自分はそっち側でしか書けない文章なんてないし、会った事も無い相手にミク友なんて『友達』面するのもなんか違和感があるし。自分が何時間もかけて書いた文章に対して共感してもらう事より、10分でも同じ空間を共有する方が僕にとっては大事な事。優しいレスを書かれるより、労いのメールを貰った方がうれしい。コメント・足跡なんていう相互監視システム化された社会より、適当に誰かに読んでもらってた方が楽。

バイトの社員さんが言った、『友達と呼べる奴は一人おればいい』っていうのは多分真理なんだなと最近思った。大きくなり過ぎた船は、舵が取れず転覆するのがオチっていうのが相場なんですよね。

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